エルサレム在住、ガリコ美恵子です。
大阪・中崎町の“アマント”にて、出版記念およびパレスチナのドキュメント上映会を行います。ご参加頂けると幸いです。
日 時 2月18日 2時から4時まで
場 所 天人Bar朱夏 (大阪府北区中崎西1-1-18)
電 話 06-6940-7224
参加費 無料*お一人1ドリンクを注文してくださいませ。
プログラム
2時 映画「ナジャハ」(監督 ハイサム・アル・ハティーブ)上映
3時 「反核の闘士モルデハイ・ヴァヌヌと私のイスラエル体験記」質疑応答
*「ナジャハ」のDVD(2000円)及び「反核の闘士モルデハイ・ヴァヌヌと私のイスラエル体験記」(1800円+税)の販売も行います。
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イレギュラー・リズム・アサイラム
160-0022 東京都新宿区新宿1-30-12-302
tel:03-3352-6916 | email: info@ira.tokyo
新しいホームページ: http://ira.tokyo
営業時間 13:00〜19:00(月・火・水定休)
IRREGULAR RHYTHM ASYLUM
1-30-12-302 Shinjuku, Shinjuku-ku Tokyo 160-0022
tel:03-3352-6916 | email: info@ira.tokyo
website: http://ira.tokyo
Opening Hours 13:00〜19:00 (Closed on Mondays, Tuesdays and Wednesdays)
志賀直輝
私がかつてパレスチナでISM (国際連帯運動)に参加していた時、本当に世話になった美恵子さんという友人がいます。その美恵子さんが最近「反核の闘士ヴァヌヌと私のイスラエル体験記」という本を出しました。
美恵子さんは、イスラエルでバイト生活をしながら娘を育て、パレスチナやイスラエルで平和活動をしています。
私が、イスラエル入国拒否を受けた時、美恵子さんは、自分の残金が百ドルしかないのに、私を再入国できるようにとヨルダンまで渡って助けてくれました。美恵子さんは、いつも自分を犠牲にしてまで人を助けようとする。本当に激しくて優しい人です。
この本のメインであるヴァヌヌは、イスラエルの核兵器開発の実態を内部告発して、国家反逆罪で18年間獄に囚われていました。そんなヴァヌヌと美恵子さんの出会いがあり、この本ができました。
私は、ヴァヌヌと美恵子さんと3人で飲んだことがありますが、飲みすぎて何を話したか全く覚えていません。もったいないけど、熱い想いだけは今も残っています。
是非皆さんに、読んでもらいたい一冊です!
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■反核の闘士ヴァヌヌと私のイスラエル体験記■
著者 ガリコ美恵子
定価 1,800+税
内容
25年前、夫の故郷イスラエルに移住した日本人女性の奮闘記。著者の体験をいっそう深化させたのは、ある反核の闘士との出会いだった! 彼の名はモルデハイ・ヴァヌヌ。イスラエルの核兵器開発の実態を内部告発したため国家反逆罪で18年間獄にとらわれ、釈放後10余年が過ぎた今もマスコミとの接触やメールを禁じられている。著者の半生については2016年8月15日、テレビ東京“世界ナゼそこに?日本人”でも紹介。
著者紹介
ガリコ美恵子
1965年大阪生まれ。90年モロッコ系イスラエル人と結婚。91年娘ミリ出産後、夫の故郷エルサレムに移住。2カ月後、夫と別離し、レストランのウェイトレスなど様々な職に就く。イスラエル人平和活動に参加し、モルデハイ・ヴァヌヌと2006年に出会い交流を持つ。
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美恵子さんから皆さんへ
昨日ヴァヌヌの裁判で有罪判決がでました。
イスラエル政府関係者は戦争産業で儲けていますが、分離壁の建設や入植地の建設など占領維持費、戦争費用で税金が高くなる一報で、
一般市民はギリギリに働いてようやくくっていけるかいけないか、の生活をしています、
私も同じように毎日靴屋でダブルシフトをしてなんとか家賃を払っていってるという状況です。
そのため昨日の裁判傍聴にはいけませんでしたが、傍聴にでかけた友人からのメールで有罪判決のことを知りました。
なぜ告訴されていたのかは、本を読んでいただけるとわかります。
どうぞヴァヌヌのことを知ってください。
美恵子
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イスラエルのミエコさんより。東エルサレムの新しい入植地建設計画に関するレポートです。
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E1プランについて
9月半ば、ユダヤの断食日にへブロンにでかけた。ダマスカス門前からベツレヘム行きのバスに乗れば、ベット・ジャッラで乗り換えて1時間半ほどでへブロンに到着するのだが、この日はユダヤ人住宅地を通過するバスが走らないため、別のバスで東エルサレムの分離壁の向こう側になってしまったアザリヤまで行き、本数の少ないラマーラから来るへブロン行きのバスを待って乗り換えるという遠回りをしたために3時間半かかった。遠回りをしても良いと考えたのには理由がある。アザリヤ行きのバスに乗るとヘブライ大学の麓にあるトンネルをくぐった後に、からっとした青空の下に砂漠のこんもりとした山々が連なり、山の麓にはベドウィンのテントがあり、テントの傍には給水用タンクがあり、羊の群と羊飼いの少年が遊牧する姿があちこちに見える。バスの中からただ瞬間的に見るだけだが、短いトンネルをひとつくぐるだけで別世界になるのが私の気持ちを和らげ、この景色を見るのが好きだから、あえて断食の日に遠回りをしてもへブロンに行こうと決めたのだ。
しかしこの日、バスの窓から見える光景に私は目を見張り、ショックと怒りで一杯になった。死海やエイラットに行くときも、マアレ・アドゥミムの親戚の家に行くときも、ジェリコーに行くときも、バスに乗ってトンネルをくぐるといつも見えていたベドウィンのテントが、ひとつもない。ここには遊牧民であるベドウィン達が住んでいた。彼等はその昔、北アフリカからアラビア半島までの広域を遊牧しながら、季節ごとに移動して生きてきた。パレスチナがイスラエルに占領されてからは、山羊や羊の遊牧に適したヨルダン渓谷及び死海北部全域が軍閉鎖地区とユダヤ人専用地区(C地区)になってしまい、その移動に厳しい制限がつけられるようになった。もはやシナイ半島に渡ってエジプトに抜けることも、アラビア半島に抜けるためにヨルダンに渡ることも出来なくなってしまったのである。足止めを食らった彼等は狭い範囲で遊牧を続けるしかなくなった。ここはそんな過酷な状況に追われてしまったベドウィン達が、西岸地区全域に建設された分離壁や入植地周囲を囲む金網や電流網に移動を妨げられ、更に動物達に草を食べさせる範囲を狭められ、閉ざされた土地で足止めを食った状態の中で、なんとか山の麓にそれぞれテントを張り、移動可能範囲で遊牧をしながら生きてきた土地だった。
へブロンに行った数日後、ユダヤ祭の食事に誘われ、マアレ・アドゥミムに住む義姉の家に行った。トンネルをくぐると見えるはずの光景をバスの窓越しに探した。今まで何度も壊されて、その度に国際人権団体やイスラエル家屋崩壊反対運動の協力で、建て直されてきたテントはないまま、岩肌の土地をならすブルドーザーの姿が見えた。E1プランが本格的に実行され始めたのだ。
E1プランとは、東エルサレムの北東部とマアレ・アドゥミム入植地の間にある土地に12キロメートル平米の新たな入植地を建設する案のことを言う。ここに豪華で住み心地の良い住宅三千件、工場、ホテル、ごみ処理場、大規模な警察署、エルサレム及びマアレ・アドゥミムの住民の墓地が建てられる予定である。
この案は1995年に故イツハク・ラビン首相により発案されたものであるが、政府による建設許可がおりなかったこととアメリカの強い反対を受けてきたことで、これまで工事に手がつけられていなかった。2002年、ベン・エリエゼル国防長官は、軍法によってE1プラン実行命令を出したが、当時のナタニヤフ政権による建設許可が下りず、実際に建設準備作業に踏み込むことはなかった。2004年、建設許可も下りず、正確な町つくりの計画もないまま、建設省はここに住んでいたベドウィン達のテントを壊し、岩だらけの土地を平らにする工事を開始した。これはイスラエルの法律にさえ、違反するものである。テントを壊された彼等は国際協力を受け、同じところに新たなテントを建て直した。その後、何度も壊され、建て直すの繰り返しが今夏まで続いた。
2012年、国連がパレスチナをオブザーバーとして認定すると、ナタニヤフ首相はパレスチナに対するお仕置きだとでも言うかのように、「E1地区に住宅三千件の新入植地を建てる」と発表した。国際法を違反しているにも関わらず工事を開始することの理由として、公式発表の場での説明は以下の通りであった。「従来交わされてきた“E1地区には建設しない”というアメリカとの約束は、既に有効ではなくなった。パレスチナ自治政府の反抗的な態度が原因である。テロ行為は増加している。ここに入植地を建設することは、セキュリティ上絶対必要である。」
この発表は平和を望むパレスチナやイスラエルの人々を怒涛のごとく怒らせた。ブッシュさえ、この計画には反対していた。パレスチナ自治政府は、E1地区でのベドウィンの追放及び建設工事に対し、国際裁判所に国際法違反及び人権侵害として訴えている。
E1地区に入植地ができると、東エルサレムにあるピスガット・ゼエブ入植地とマアレ・アドゥミム入植地がひと繋がりになり入植地間の交通が便利になるだけでなく、エルサレムの土地不足と住宅難がかなり解消されることが予想される。
このE1地区入植予定地をくるりと囲い込む形で、更なる分離壁の建設が進められている。この分離壁が出来ると、現在使用されているラマーラとベツレヘムを結ぶ道路をパレスチナ人は使えなくなる。その為、パレスチナ北部と南部間の移動は、マアレ・アドゥミムの外北部、ジェリコーの手前付近まで大きく迂回しなければならなくなる。地図で見ると非常に近く、本来20分ほどで行き来できる距離でも分離壁や入植地を迂回する為に所要時間は1時間半になったが、今後は3時間かかるようになる。パレスチナは事実上、北部と南部に分かれてしまうのである。
国連の報告によると、イスラエルによる占領が開始された1967年以降、これまで2万4千件のパレスチナ民家が崩壊されており、1家族あたりの損害は約1千万円から512万円である。これら金銭的損害以外に、更に注目されているのは土地を追われた人々の精神的衝撃、健康破壊、トラウマ、と計り知れないものがある。
現在、和平交渉の条件としてパレスチナ政治犯がイスラエルの刑務所から数回に分けて釈放されている。しかし釈放されても、出身地に戻ることは許されず、強制的にガザに行かされる。
イスラエルは力ずくでパレスチナの人々の土地を奪い、更に移動の自由、行政管理力を奪い、計り知れないあらゆるものを奪い続けている。しかし、和平は力ずくで手に入れられない。E1プランの実行はイスラエル政府の力ずくの悪あがきを更に激しく表すものと言える。
*イスラエルには国防省が決める軍法と、国会が決める民法の2種類ある。
参考:
Save the children http://www.savethechildren.org.uk/
Israeli committee against house demolition http://icahd.org/
http://www.ochaopt.org/results.aspx?cx=014863140215069478854:9rq_pupjc4c&cof=FORID:9;NB:1;BIMG:http://
www.ochaopt.org/images/googleback.jpg;&ie=UTF-8&q=E1%20plan&sa=Search
http://www.ochaopt.org/documents/E1_Jerusalem_Graphic_Barrier_August05.pdf
http://en.wikipedia.org/wiki/E1_Plan
http://sankei.jp.msn.com/world/news/131030/mds13103009150000-n1.htm
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E1プランについて
ミエコ
9月半ば、ユダヤの断食日にへブロンにでかけた。ダマスカス門前からベツレヘム行きのバスに乗れば、ベット・ジャッラで乗り換えて1時間半ほどでへブロンに到着するのだが、この日はユダヤ人住宅地を通過するバスが走らないため、別のバスで東エルサレムの分離壁の向こう側になってしまったアザリヤまで行き、本数の少ないラマーラから来るへブロン行きのバスを待って乗り換えるという遠回りをしたために3時間半かかった。遠回りをしても良いと考えたのには理由がある。アザリヤ行きのバスに乗るとヘブライ大学の麓にあるトンネルをくぐった後に、からっとした青空の下に砂漠のこんもりとした山々が連なり、山の麓にはベドウィンのテントがあり、テントの傍には給水用タンクがあり、羊の群と羊飼いの少年が遊牧する姿があちこちに見える。バスの中からただ瞬間的に見るだけだが、短いトンネルをひとつくぐるだけで別世界になるのが私の気持ちを和らげ、この景色を見るのが好きだから、あえて断食の日に遠回りをしてもへブロンに行こうと決めたのだ。
しかしこの日、バスの窓から見える光景に私は目を見張り、ショックと怒りで一杯になった。死海やエイラットに行くときも、マアレ・アドゥミムの親戚の家に行くときも、ジェリコーに行くときも、バスに乗ってトンネルをくぐるといつも見えていたベドウィンのテントが、ひとつもない。ここには遊牧民であるベドウィン達が住んでいた。彼等はその昔、北アフリカからアラビア半島までの広域を遊牧しながら、季節ごとに移動して生きてきた。パレスチナがイスラエルに占領されてからは、山羊や羊の遊牧に適したヨルダン渓谷及び死海北部全域が軍閉鎖地区とユダヤ人専用地区(C地区)になってしまい、その移動に厳しい制限がつけられるようになった。もはやシナイ半島に渡ってエジプトに抜けることも、アラビア半島に抜けるためにヨルダンに渡ることも出来なくなってしまったのである。足止めを食らった彼等は狭い範囲で遊牧を続けるしかなくなった。ここはそんな過酷な状況に追われてしまったベドウィン達が、西岸地区全域に建設された分離壁や入植地周囲を囲む金網や電流網に移動を妨げられ、更に動物達に草を食べさせる範囲を狭められ、閉ざされた土地で足止めを食った状態の中で、なんとか山の麓にそれぞれテントを張り、移動可能範囲で遊牧をしながら生きてきた土地だった。
へブロンに行った数日後、ユダヤ祭の食事に誘われ、マアレ・アドゥミムに住む義姉の家に行った。トンネルをくぐると見えるはずの光景をバスの窓越しに探した。今まで何度も壊されて、その度に国際人権団体やイスラエル家屋崩壊反対運動の協力で、建て直されてきたテントはないまま、岩肌の土地をならすブルドーザーの姿が見えた。E1プランが本格的に実行され始めたのだ。
E1プランとは、東エルサレムの北東部とマアレ・アドゥミム入植地の間にある土地に12キロメートル平米の新たな入植地を建設する案のことを言う。ここに豪華で住み心地の良い住宅三千件、工場、ホテル、ごみ処理場、大規模な警察署、エルサレム及びマアレ・アドゥミムの住民の墓地が建てられる予定である。
この案は1995年に故イツハク・ラビン首相により発案されたものであるが、政府による建設許可がおりなかったこととアメリカの強い反対を受けてきたことで、これまで工事に手がつけられていなかった。2002年、ベン・エリエゼル国防長官は、軍法によってE1プラン実行命令を出したが、当時のナタニヤフ政権による建設許可が下りず、実際に建設準備作業に踏み込むことはなかった。2004年、建設許可も下りず、正確な町つくりの計画もないまま、建設省はここに住んでいたベドウィン達のテントを壊し、岩だらけの土地を平らにする工事を開始した。これはイスラエルの法律にさえ、違反するものである。テントを壊された彼等は国際協力を受け、同じところに新たなテントを建て直した。その後、何度も壊され、建て直すの繰り返しが今夏まで続いた。
2012年、国連がパレスチナをオブザーバーとして認定すると、ナタニヤフ首相はパレスチナに対するお仕置きだとでも言うかのように、「E1地区に住宅三千件の新入植地を建てる」と発表した。国際法を違反しているにも関わらず工事を開始することの理由として、公式発表の場での説明は以下の通りであった。「従来交わされてきた“E1地区には建設しない”というアメリカとの約束は、既に有効ではなくなった。パレスチナ自治政府の反抗的な態度が原因である。テロ行為は増加している。ここに入植地を建設することは、セキュリティ上絶対必要である。」
この発表は平和を望むパレスチナやイスラエルの人々を怒涛のごとく怒らせた。ブッシュさえ、この計画には反対していた。パレスチナ自治政府は、E1地区でのベドウィンの追放及び建設工事に対し、国際裁判所に国際法違反及び人権侵害として訴えている。
E1地区に入植地ができると、東エルサレムにあるピスガット・ゼエブ入植地とマアレ・アドゥミム入植地がひと繋がりになり入植地間の交通が便利になるだけでなく、エルサレムの土地不足と住宅難がかなり解消されることが予想される。
このE1地区入植予定地をくるりと囲い込む形で、更なる分離壁の建設が進められている。この分離壁が出来ると、現在使用されているラマーラとベツレヘムを結ぶ道路をパレスチナ人は使えなくなる。その為、パレスチナ北部と南部間の移動は、マアレ・アドゥミムの外北部、ジェリコーの手前付近まで大きく迂回しなければならなくなる。地図で見ると非常に近く、本来20分ほどで行き来できる距離でも分離壁や入植地を迂回する為に所要時間は1時間半になったが、今後は3時間かかるようになる。パレスチナは事実上、北部と南部に分かれてしまうのである。
国連の報告によると、イスラエルによる占領が開始された1967年以降、これまで2万4千件のパレスチナ民家が崩壊されており、1家族あたりの損害は約1千万円から512万円である。これら金銭的損害以外に、更に注目されているのは土地を追われた人々の精神的衝撃、健康破壊、トラウマ、と計り知れないものがある。
現在、和平交渉の条件としてパレスチナ政治犯がイスラエルの刑務所から数回に分けて釈放されている。しかし釈放されても、出身地に戻ることは許されず、強制的にガザに行かされる。
イスラエルは力ずくでパレスチナの人々の土地を奪い、更に移動の自由、行政管理力を奪い、計り知れないあらゆるものを奪い続けている。しかし、和平は力ずくで手に入れられない。E1プランの実行はイスラエル政府の力ずくの悪あがきを更に激しく表すものと言える。
*イスラエルには国防省が決める軍法と、国会が決める民法の2種類ある。
参考:
Save the children http://www.savethechildren.org.uk/
Israeli committee against house demolition http://icahd.org/
http://www.ochaopt.org/results.aspx?cx=014863140215069478854:9rq_pupjc4c&cof=FORID:9;NB:1;BIMG:http://
www.ochaopt.org/images/googleback.jpg;&ie=UTF-8&q=E1%20plan&sa=Search
http://www.ochaopt.org/documents/E1_Jerusalem_Graphic_Barrier_August05.pdf
http://en.wikipedia.org/wiki/E1_Plan
http://sankei.jp.msn.com/world/news/131030/mds13103009150000-n1.htm
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イスラエル人の平和活動家のコビーとアダールが来日するにあたり、2月8日(金)にIRAでトークをしてもらうことになりました。入場無料です。
かれらは、アナキスト・アゲインスト・ザ・ ウォールやBDSムーブメントに関わる活動家であり、 またビリン村や西岸地区での壁建設に反対するデモでも中心となっ て活動している二人です。
狭い店内ですが、かれらと、日本でパレスチナの平和を願う皆さんとの、有意義な交流の場になれば幸いです。
http://www.awalls.org/
http://www.bdsmovement.net
追伸:
アナキスト・アゲインスト・ザ・ウォールの講演ツアー用のTシャツのデザイン・データを授かったので、かれらへのカンパになるようTシャツ制作しました。当日会場で販売します。
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狭い店内ですが、かれらと、日本でパレスチナの平和を願う皆さんとの、有意義な交流の場になれば幸いです。
http://www.awalls.org/
http://www.bdsmovement.net
追伸:
アナキスト・アゲインスト・ザ・ウォールの講演ツアー用のTシャツのデザイン・データを授かったので、かれらへのカンパになるようTシャツ制作しました。当日会場で販売します。
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以下、イスラエルの美恵子さんから届いたレポートです。
※2月8日(金)IRAで、イスラエルの平和活動家コビーとハダールのトーク・イベント開催しますので、さらに詳しくイスラエルとパレスチナの事情を知りたい方は、その場で直接かれらから話を聞くことが出来ますよ。
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イスラエルは物価が高い。家賃も高い。
エルサレム中心地で私と娘が住むアパートの家賃を例に挙げてみよう。6畳位の寝室が2部屋、ガス台の置き場がなくて食器を洗うと水が漏れる台所、小さくなって浴びなければならないシャワーとトイレのついた古いアパートで月10万円。住民税と水道代が毎月1万円、電気代8千円。
食費はもっと驚く。昼食にサンドイッチと飲み物を買うと、千円は軽く超える。レストランでパスタとサラダを注文すると3千円。収入が日本より高いわけでは決してない。どうやってこの物価高をイスラエルの国民は乗り切っているのだろうか。やりくり出来ない人もたくさんいる。現に去年はテルアビブをはじめとする大きな町で物価高と家賃高に反対するデモがひっきりなしに行われ、町の真ん中で生活苦を理由に焼身自殺する若者もでた。しかし、町のレストランやカフェバーはオシャレな若者で賑わっている。
18歳からの男子3年間女子2年間の兵役中の者に、職業兵士とリザーバーを合わせると、18歳から45歳までのイスラエル国民の約24%が現役兵士となる。
兵役中は月8千円の小遣いが支給されるが戦闘部隊は待遇が異なる。パラシュート隊に所属する義理の息子は月2万円もらっている。しかし、兵役中に親の家から通わずに、実家が遠い、または義理の息子のように両親がいない兵士が、誰かとでシェアしてアパートを借りると軍から部屋代として更に3万円が支給される他、アパート全体の住民税が免除される。職業軍人の給料は一般の会社員の約2倍、リザーバーは毎年1ヶ月徴兵されるが、この期間中は軍から給料が支給される。
兵役を終了すると国から25万円が『ご苦労様でした』と支給され、その後ウェイターやガソリンスタンドなどの保障のない職種の就労を6ヶ月すると23万円支給される。また、兵役後5年目までに商売を始めるか結婚するか進学すると80万円支給される。どんなに働いても生活するだけでぎりぎりであるはずのイスラエルの若者たちが悠々と海外旅行をしたり、親の援助なしでなんとか大学に通いながらバイトをして一人暮らしをしているのは、こういった兵役がらみの援助が政府から受けられるからである。西岸地区で国際法違反のユダヤ人専用住宅地を建てたり、パレスチナの土地を分断する分離壁をつくって莫大なお金を使ったり、核兵器を含む化学兵器を開発したりしている以外に、兵士に対する優遇金を支払い、これらを補う為に、イスラエル国民は莫大な所得税、住民税、消費税をしこたま政府から徴収されている。
ある日、義理の息子用のベッドが私のアパートに無料で運ばれてきた。実の両親が既に亡くなっている彼には『孤独兵士援助制』が適用され、無料でアパートに必要なものが支給されるのだ。来月は洗濯機が運ばれてくるという。孤独兵士援助制により彼は毎月3千円分のスーパーの買い物券を受け取っていて、私をスーパーに連れて行って私のために使おうとする。来月から私は住民税を支払わなくて良いようになるらしい。義理の息子が休暇で毎月1、2晩泊まりに来る、たったそれだけのことなのに。
今まで21年間自分がこの国で払ってきた高い住民税、所得税、消費税の行方が、娘のボーイフレンドが兵役中であったり、義理の息子が戦闘部隊にいることで、税金の行方の詳細を具体的に知るだけでなく、兵士の息子を持つことで軍から物をもらったり、住民税免除になるとは皮肉な話である。武装反対、占領反対を訴えている私がである。
選挙の投票日、仕事がやすみだった私は、イスラエルの核兵器の秘密を世界に暴いたことで非国民とされるモルデハイ・バヌヌと旧市街に出かけた。ビア・ドロローザを歩いていると、土産物店の親父がバヌヌを呼び止め、選挙の話をし始めた。旧市街を含む東エルサレムの住人には選挙権がない。
『おい、バヌヌさん、投票にいきましたか?え?行かないの?もし俺に選挙権があれば、ナタニヤフに投票するよ。どうしてって?入植地を拡大して土地略奪、ベドウィンさえも追い出して、子供を逮捕して暴力の振るい放題。パレスチナ人をここから追放しようとして無茶やってる。だけど結局は無茶やりすぎて、このまま行けばイスラエルは崩壊する。彼に任せておくことがイスラエル滅亡へ一番の早道なんだ。』
娘のボーイフレンドにこの話をすると『なるほどね、一理あるよ。』と言って頷いた。
選挙後2週間内に政府を形成しなければならないことになっているイスラエル、軍費を更にアップする提案をしているビビ・ナタニヤフが再度首相に納まりそうである。選挙の結果は、トップが右派のナタニヤフ(リクード党)、2位は左派のヤエル・ラピッド(イエシ・アティードー未来があるという意味のヘブライ語―党)、3位はシェリー・ヤヒノビッチ(労働党)、4位がナフタリ・ベネット(ベイト・ユーディーユダヤの家―党)、5位が極右シャース党であった。左派と右派が半々である。
といってもイスラエルには本当の左派は極めて少ない。アラブ人の政党は最下位である。
戦っていなければ国を維持していけないこの国は今後も占領を続け、国際法違反してパレスチナ人を苦しめ続けることだろう。そしてもしかしたら、土産物屋の親父が言った通り、いずれ自ら崩壊するのかも知れない。
※2月8日(金)IRAで、イスラエルの平和活動家コビーとハダールのトーク・イベント開催しますので、さらに詳しくイスラエルとパレスチナの事情を知りたい方は、その場で直接かれらから話を聞くことが出来ますよ。
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イスラエルの物価高とその仕組み
イスラエルは物価が高い。家賃も高い。
エルサレム中心地で私と娘が住むアパートの家賃を例に挙げてみよう。6畳位の寝室が2部屋、ガス台の置き場がなくて食器を洗うと水が漏れる台所、小さくなって浴びなければならないシャワーとトイレのついた古いアパートで月10万円。住民税と水道代が毎月1万円、電気代8千円。
食費はもっと驚く。昼食にサンドイッチと飲み物を買うと、千円は軽く超える。レストランでパスタとサラダを注文すると3千円。収入が日本より高いわけでは決してない。どうやってこの物価高をイスラエルの国民は乗り切っているのだろうか。やりくり出来ない人もたくさんいる。現に去年はテルアビブをはじめとする大きな町で物価高と家賃高に反対するデモがひっきりなしに行われ、町の真ん中で生活苦を理由に焼身自殺する若者もでた。しかし、町のレストランやカフェバーはオシャレな若者で賑わっている。
18歳からの男子3年間女子2年間の兵役中の者に、職業兵士とリザーバーを合わせると、18歳から45歳までのイスラエル国民の約24%が現役兵士となる。
兵役中は月8千円の小遣いが支給されるが戦闘部隊は待遇が異なる。パラシュート隊に所属する義理の息子は月2万円もらっている。しかし、兵役中に親の家から通わずに、実家が遠い、または義理の息子のように両親がいない兵士が、誰かとでシェアしてアパートを借りると軍から部屋代として更に3万円が支給される他、アパート全体の住民税が免除される。職業軍人の給料は一般の会社員の約2倍、リザーバーは毎年1ヶ月徴兵されるが、この期間中は軍から給料が支給される。
兵役を終了すると国から25万円が『ご苦労様でした』と支給され、その後ウェイターやガソリンスタンドなどの保障のない職種の就労を6ヶ月すると23万円支給される。また、兵役後5年目までに商売を始めるか結婚するか進学すると80万円支給される。どんなに働いても生活するだけでぎりぎりであるはずのイスラエルの若者たちが悠々と海外旅行をしたり、親の援助なしでなんとか大学に通いながらバイトをして一人暮らしをしているのは、こういった兵役がらみの援助が政府から受けられるからである。西岸地区で国際法違反のユダヤ人専用住宅地を建てたり、パレスチナの土地を分断する分離壁をつくって莫大なお金を使ったり、核兵器を含む化学兵器を開発したりしている以外に、兵士に対する優遇金を支払い、これらを補う為に、イスラエル国民は莫大な所得税、住民税、消費税をしこたま政府から徴収されている。
ある日、義理の息子用のベッドが私のアパートに無料で運ばれてきた。実の両親が既に亡くなっている彼には『孤独兵士援助制』が適用され、無料でアパートに必要なものが支給されるのだ。来月は洗濯機が運ばれてくるという。孤独兵士援助制により彼は毎月3千円分のスーパーの買い物券を受け取っていて、私をスーパーに連れて行って私のために使おうとする。来月から私は住民税を支払わなくて良いようになるらしい。義理の息子が休暇で毎月1、2晩泊まりに来る、たったそれだけのことなのに。
今まで21年間自分がこの国で払ってきた高い住民税、所得税、消費税の行方が、娘のボーイフレンドが兵役中であったり、義理の息子が戦闘部隊にいることで、税金の行方の詳細を具体的に知るだけでなく、兵士の息子を持つことで軍から物をもらったり、住民税免除になるとは皮肉な話である。武装反対、占領反対を訴えている私がである。
選挙の投票日、仕事がやすみだった私は、イスラエルの核兵器の秘密を世界に暴いたことで非国民とされるモルデハイ・バヌヌと旧市街に出かけた。ビア・ドロローザを歩いていると、土産物店の親父がバヌヌを呼び止め、選挙の話をし始めた。旧市街を含む東エルサレムの住人には選挙権がない。
『おい、バヌヌさん、投票にいきましたか?え?行かないの?もし俺に選挙権があれば、ナタニヤフに投票するよ。どうしてって?入植地を拡大して土地略奪、ベドウィンさえも追い出して、子供を逮捕して暴力の振るい放題。パレスチナ人をここから追放しようとして無茶やってる。だけど結局は無茶やりすぎて、このまま行けばイスラエルは崩壊する。彼に任せておくことがイスラエル滅亡へ一番の早道なんだ。』
娘のボーイフレンドにこの話をすると『なるほどね、一理あるよ。』と言って頷いた。
選挙後2週間内に政府を形成しなければならないことになっているイスラエル、軍費を更にアップする提案をしているビビ・ナタニヤフが再度首相に納まりそうである。選挙の結果は、トップが右派のナタニヤフ(リクード党)、2位は左派のヤエル・ラピッド(イエシ・アティードー未来があるという意味のヘブライ語―党)、3位はシェリー・ヤヒノビッチ(労働党)、4位がナフタリ・ベネット(ベイト・ユーディーユダヤの家―党)、5位が極右シャース党であった。左派と右派が半々である。
といってもイスラエルには本当の左派は極めて少ない。アラブ人の政党は最下位である。
戦っていなければ国を維持していけないこの国は今後も占領を続け、国際法違反してパレスチナ人を苦しめ続けることだろう。そしてもしかしたら、土産物屋の親父が言った通り、いずれ自ら崩壊するのかも知れない。
美恵子
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イスラエルの美恵子さんより。
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最近パレスチナでは”パレスチナ歓迎・フライイン・キャンペーン”が予定され、フェイスブックやッイッターなどで大きく宣伝されていた。このキャンペーンは、パレスチナの人々のイスラエルの占領下での生活状況を見学し、パレスチナの人々がイスラエル政府に無理やり奪い取られた土地に、イスラエルが国際法を犯して分離壁や入植地を建設していることに反対するもので、毎年行われている。去年は7月に開催された。このとき、参加希望の300人の中、120人が’空港で引き止められている。
今年は4月15日が第一日目で、パレスチナに到着後、ベツレヘムでの講演会や西岸地区での入植地建設反対デモ、分離壁建設反対デモが予定されていた。
4月14日、『パレスチナ歓迎・フライイン・キャンペーンへ参加すると見られる者へのチケットが航空会社によりキャンセルされた』というニュースが発表された。イスラエル政府は、親パレスチナ活動家のブラックリストを作成し、各ヨーロッパの航空会社に渡し『もし、リストに記載されている者を飛行機に乗せた場合、その客はイスラエルに到着した時点で拘束され、航空会社は罰金を支払わなければならない。』と通達した。これは脅しである。結果、約900人のチケットが払い戻しなしで強制的に前日キャンセルされた。キャンセルした航空会社は、エアーフランス、ルフトハンザ、イージージェットである。こんなことがあっていいのだろうか。
15日、ベングリオン空港では私服を含める650人の警察が導引され、フライトをキャンセルされなかった親パレスチナの乗客を引き止める作業が行われた。空港で引き止められた者はイスラエル政府発行の手紙を受け取る。
手紙の内容は、『他にあなたが行くべき国があるにも関わらず、人道的活動の場として、イスラエルを選んでくれてありがとう。しかしあなた方は国内紛争の激しいシリアや核兵器を持とうとするイランやテロ組織であるハマスが主権を握っているガザに行けばいい。イスラエルは男女同権、メディアが政府を批判することが出来、人権団体は自由に活動出来る。宗教の自由が守られ、ほとんどの人が平和に暮らしている。上に記した行くべき国をまず訪問し、再度のお越しをお待ちしています。』というものである。
空港で何時間も拘束され、質問攻めにあい、誓約書にサインすることを義務付けられる。誓約書は『親パレスチナの活動家や団体に近づかないこと』を誓うもの。
先週の新聞では、『親パレスチナのイスラエル人活動家が海外旅行や親戚訪問をし、帰国の際に空港で3時間以上の拘束された。』記事では同じようなクレームをつけたイスラエル人活動家の名前が数人記載されていて、皆別々に私用で海外に行き、戻ってきたときに起こった出来事であると書かれている。実は私も何度もこういう目にあったことがある。IDナンバーを入力すれば、親戚関係、友人関係のみならず活動家であるかが内務省で記録されているものを確認できるのである。
このニュースが発表される中、イスラエル人の活動家達は行動を起こした。彼らはいつも素早く、的を得たことをする。”今すぐベングリオン空港に集合!”を呼びかけたのである。たまたまオンラインにいたイスラエル人の活動家23歳に私はチャットで話しかけてみた。
『空港に集ってどうするの?』-『”イスラエルの活動家はあなた方を歓迎する”っていう幕を持って、入国を歓迎しに行くのよ』
私が彼女に初めて会ったのは、5,6年前のビリン村での壁反対デモだった。当時のビリンは壁反対のデモで有名で、多くのイスラエル人の若い男女がたくさん来ていた。その時彼女は17歳で、兵役拒否の意志を軍に告げた為にもうすぐ3ヶ月間軍の刑務所に入るのだと教えてくれた。3ヶ月後に刑務所から出てきた彼女はエルサレム市役所で働きながら、パレスチナ人の家屋崩壊反対運動をしている。こういった若者は稀であるが、イスラエルには存在する。彼らは非常に頭がよく、ハイテクなどで働くインテリがたくさんいる。インテリでなければ、自分が受けてきた教育が洗脳教育であったことに気づくことはないからである。
今日発表されたニュースでは『シンベット(イスラエル秘密警察)が航空会社に手渡したブラックリストの40パーセントは実際は活動家ではない。』とイスラエル当局が発表したとある。今更遅いよ、イスラエル政府さん。といいたい。人や会社を脅して、見せたくないものを見せないように工作して、スペルミスのある下品な英語文の手紙や誓約書を発行して、恥ずかしくないのか。その反面、おかしいことには声を出して、おかしいという、少数派であるにも関わらず、常に政府が犯している間違いに対して行動する、イスラエル人の若い活動家達を私は誇らしく思う。
4月16日
参考:
http://www.haaretz.com/news/diplomacy-defense/israel-forces-tourist-to-pledge-to-avoid-pro-palestinian-activities-as-condition-for-entry-1.424385
http://www.haaretz.com/news/diplomacy-defense/israel-blocks-entry-to-first-pro-palestinian-fly-in-activists-hundreds-more-expected-1.424321
http://www.haaretz.com/print-edition/opinion/israel-should-greet-pro-palestinian-activists-with-flowers-1.424276
http://www.haaretz.com/news/diplomacy-defense/pro-palestinian-fly-in-activist-israel-and-europe-treated-us-like-terrorists-1.424425
http://972mag.com/new-entry-requirement-to-israel-political-opinion-test/41703/
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志賀ちゃん経由イスラエルのミエコさんより。
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ナクバディが近づくに連れ緊張が高まったイスラエル・パレスチナ
イスラエルはテロ国家?!
ミエコ
私の住むエイラットの部屋の窓からヨルダンのアカバの港町が見える。景色は穏やかであるが、空上では、連日イスラエル空軍のパトロール機が飛び回っている。
5月13日金曜日、午後の祈りの後、エルサレムのシルワン村でイスラエル軍警察及び入植者対地元市民との間に起きた衝突で、腹部を撃たれた17歳の少年が土曜早朝亡くなった。撃たれた少年の腹部より取り出された銃弾の種類から、撃ったのはイスラエル兵ではなく、シルワン村の入植者を護衛する警備兵あるいは入植者(入植者は武器の家庭保持が認められており、去年シルワン村でユダヤ入植者により撃たれたパレスチナ人が死亡するというテロが起こっている。)による殺害テロではないかと疑われ、捜査が始まった。犯人は未だ明らかにされていない。
エルサレムではナクバデイを控え、緊急事態体制を組んでおり、数日前から既に45歳以下の男性に対し、『神殿の丘訪問禁止令』が出されている。
この日の朝、金曜の祈りに各地から駆けつけたイスラム教徒に対し、エルサレム旧市街への入街禁止令がだされた。ダマスカス門で足止めを食ったイスラム教徒達は、ダマスカス門の外など、各所足止めをされた場所にて、列になり座り込み、金曜の祈りを行った。
(ナクバの日に神殿の丘で祈ることを禁止された人々が閉鎖された場所でいっせいにお祈りをした様子)
5月14日土曜、シルワン村の少年の埋葬式には多くの地元パレスチナ人が押し寄せた。殺された少年の父は、『息子は投石したりするような子ではなかった。家の前で起こっていることを道にでて見ていただけだ。それなのに近距離で実弾で何者かに撃たれた。これはテロだ。』と新聞のインタビューで答えた。
5月15日早朝、エルサレムではテルアビブ方面の主要道路である国道1号線がパレスチナ人のナクバディ・デモ行進隊達により封鎖された。イスラエル警察により短時間で封鎖解除。
テルアビブ市内ではイスラエルに住むパレスチナ人の運転手が暴走し、近くを走っていた大型バスや車両に突撃。1名死亡、17名が怪我をした。犯人はその場で逮捕された。運転手が誰であるか確認される前に、ニュースでは『テロの疑い』と発表。その後事故のあった場所にて、『アラブ人対策訴え』のイスラエル人によるデモが発生した。
一方、ゴラン高原のドゥルーズの村マジダル・シャムスでは、シリア在住のパレスチナ難民達が大勢、国境に押し寄せた。国境に接近したり、塀を越えたシリア人の内4名がイスラエル軍により射殺され、約20人の怪我人を出した。シリアとの国境ではイスラエル軍による攻撃が午後遅くまで続き、今も数百名のイスラエル軍警察がシリアとの国境を固めている。
ガザのエレズチェックポイントでは、国境に近づくことが禁止され、近づいた者の内1名がイスラエル軍の銃撃により死亡。
レバノンではデモ行進隊がイスラエルとの国境に接近できないようレバノン軍が止めていたがイスラエル軍の攻撃により10名が死亡。
エジプトではナクバディを偲ぶ国民が各地に集り、カイロのタハリール広場には大勢の民衆が『パレスチナ解放、難民が自国に戻る用』を訴えるデモが行われた。
西岸地区のヘブロンでもイスラエル軍とデモ行進隊との間に衝突があり、パレスチナ人の投石により兵士1名が怪我。
ガリラヤ湖付近の村ではデモ行進中の6名が逮捕され、東エルサレムでは投石及びモロトブカクテル弾を投げた者を含む36名が逮捕された。
テルアビブでは、イスラエル人の左派による『パレスチナに対する残虐行為反対』デモがあり、右派との間に衝突が起こった。
エジプトのムバラク政権が没落してから、エジプト国民は息を吹き返したようだ。それに勇気付けられた世界のパレスチナ難民達が今日、立ち上がった。今日の出来事で今後イスラエルはパレスチナ人に対する締め付けを更に強化するだろう。周囲のアラブ諸国に住むパレスチナ難民達が今後如何にしてイスラエルと向き合っていくのかが注目される。
ナクバディ その後
皆さん、5月16日ナクバディが終了した今日もまだ緊張状態は続いています。
各地で『石を投げたのではないか』と疑われるパレスチナ人達がどんどん逮捕され、今も軍警察が各地を走り回って捜索しています。
一方、近距離から少年を銃殺した犯人のことは本当に捜索しているのかどうか疑わしいほど、
何もその後のニュースは伝えられず、いつもと同じようにうやむやのうちにもみ消される状態にあります。
全国で約200人のユダヤ系イスラエル人が、イスラエル政府の方針に意義を唱えています。
シリア及びレバノン政府は、デモ隊に対するイスラエル軍の攻撃を非難しています。
今後もいろいろなことが起こりそうです。
63年ぶりにして初めて、国境の柵を破りイスラエル側に入ってきたシリア人たちを昨日のテレビニュースでみて、心が震えました。
シリアに住むパレスチナ難民が昨日2000人ほど国境を破ってきた時の動画を送ります。
国境を破り、イスラエル側に入ってきた難民達が親戚や友人達と抱き合い、再会を喜びあっています。
エルサレムから戻った友人に聞いたところ、金曜日から今日までエルサレム旧市街は完全に封鎖状態にあり、旧市街から一度でると何日も戻れない状態にあったそうです。
そして旧市街のアラブ側の全ての電話回線が停止されたため、誰にも連絡がつかない状態が続いていました。
動画を撮っているのは、イスラエル側に住むパレスチナ人で、『爆弾が埋まっている。危ない。もう止めろ。』と叫んでいます。
これが聞こえなかった難民達が柵を破り走ってイスラエル側に来ます。
そして抱き合って喜ぶ。
このときイスラエル軍による攻撃があり、4名が殺害されました。
難民達は逃げ回り、全員もときた坂を上って柵をくぐり帰って行きました。
とても感動的なシーンです。
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こちらも志賀ちゃん経由、イスラエルの美恵子からの投稿です。
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イスラエルの新移民奨励制度・タグリットについて
美恵子
世界に散 らばるユダヤ人をなんとかしてイスラエルに移民させようとする数多くある団体の内、最も有名なものにタグリットがある。この団体の特徴はユダヤ人の若者を 対象に無料イスラエル10日間旅行のプログラムを設けていることである。参加者の最寄の空港からテルアビブのベングリオン空港までの往復の飛行機代、イス ラエル国内を10日間周遊する観光バス、通訳ガイド、イスラエル兵によるボデイガード、ホテル代、食費がセットで、全て無料となっている。彼らは団体でイ スラエルに到着し、観光バスに乗り込んで10日間のイスラエル旅行を無料で楽しむだけでなく、訪問スポットはイスラエルがユダヤ人の故郷であると確信させ るように組まれており、ご丁寧なことにイスラエル軍兵士との交流会も設けられる。
応募の条件は年齢18歳から26歳までのみ。多くは北米、カナダからの参加者だ。2000年から始まったこのプログラムにより現在に至るまでおよそ25万 人以上のユダヤ人の若者達がこの旅行に参加したと記録されている。どこからそんな予算が出ているのだろうと不思議になるが、驚くことに予算の半分はイスラ エル政府から算出される。残りの半分は第2次世界大戦時代にナチがユダヤ人に大して行ったホロコーストの罪ほろぼしとしてドイツから支払われている他、世 界のユダヤ協会からも捻出されている。これでイスラエルに住む私の生活がきつい理由がよくわかった。軍事費のみでなく、世界各国のユダヤ人をイスラエルに 呼び寄せる為の資金つくりに税金及び物価がむちゃくちゃ高いのである。
20年前イスラエル人の夫と日本からエルサレムに移り住んできた 私は、まずヘブライ語学校に通った。政府が半分負担しているヘブライ語学校の授業料は語学学校にすればそれほど高くなく、週5日、1日5時間のコースで1 月当り1万5千円ほどだった記憶がある。しかし私以外の生徒は皆ユダヤ人であったため授業料を払わず、教科書も無料で支給されている不公平さ。この国で私 が最初に感じた矛盾の一つであった。
タグリットのホームページに記載されている旅行の安全性に関する記述を読むとのけぞってしまう。ガ ザ、西岸地区及び東エルサレムには行かないと書かれているのである。それは大きな嘘で、この団体が嘆きの壁を訪問した後に訪れるダビデの町はシルワン村に あり、東エルサレムに位置するからだ。2000年から始まったタグリットによる団体旅行。この団体旅行は急速に人気を得、年々参加者が急増している。そし てまず、観光バスを停車させておく駐車場に困りだした。シルワン村の入り口にあったパレスチナ人の家は撤去され、現在は駐車場になっている。東エルサレム は国際協定でアラブ人の居住区域であると認められているにも関わらずである。少し機転の利く若者なら自分達が訪問しているダビデの町の遺跡公園が東エルサ レムに位置することに容易に気づくはずである。実際、タグリットのプログラムに参加してイスラエルに旅行に来たアメリカ人の若い女性達がことのおかしさに 気づき、自発的にイスラエル・家屋崩壊反対運動(Israeli Committee Against House Demolition) にボランティアで参加している何人かと知り合いになったことがある。
このダビデの町の遺跡公園を建設するに当り、そこに住んでいたパレスチナ人達は無理やり追い出された。現在問題になっている東エルサレムの家屋撤去政策 は、世界各国からやってくるユダヤ人の団体客がダビデの町の遺跡を訪問しがてらピクニックができる国立公園を作る為であると共に、海外からやってくるタグ リットの団体客が東エルサレムに来ていると感じないようにするためでもあるのだろう。
プログラムの目標は、10日間のイスラエル旅行ののち、彼らが移民することである。
他に、帰還法(ユダヤ人の故郷はイスラエルであるとし、世界各国からの新移民を奨励する制度。母方がユダヤ人であれば自動的に其の子供はユダヤ人とされ る)が適応されるマサアというプログラムがある。このマサアには10ヶ月のコースで初めの5ヶ月間はヘブライ語を習う為の語学教室(ウルパン)に通わせ、 その後の5ヶ月間は各自が自由に専門を選ぶ職業専門学校に通わせるというものがある。マサアに参加する若者の宿舎、語学教室及び専門学校の授業料、教科書 は全て無料である。また、年齢関係なく各国から新移民としてやってくるユダヤ人には、1年弱の生活費が与えられ、ヘブライ語の無料語学教室、教科書の無料 支給、税金免除、自家用車や電気用品などの輸入品を買えば税金免税額で買えるなど数々の手厚い制度を受けることができる。このようなプログラムが何種類も 設けられており、イスラエルがイスラエル国内のユダヤ人の人口を増やす為に必死になっているのがよくわかるのである。
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