西成からパレスチナへ レオさんが死んで一年
志賀直輝
パレスチナのドキュメンタリー映画を撮った佐藤レオさんが死んで、1年がたった。レオさんが死んでいた4畳半ぐらいの部屋は、去年のあの日よりも、今年は もっと蒸し風呂だったと思う。なんであんなに優しい人が、早いこといってしまったのか。相変わらず、糞ったれな世の中に胸糞がわるい。
あれから1年、レオさんの映画「ビリン・闘いの村」は、映画祭や自主上映会で上映され続けている。それから私は「ビリン・闘いの村」を大量にコピーレフト して、友人たちと協力して売っている。最近までで9万円売上げた。この売上で、ビデオカメラを買った。そして、このカメラをイスラエル占領に対して非暴力 で抵抗しているパレスチナ人やインターナショナルな活動家たちの国際連帯運動(ISM)へ贈った。カメラはレオさんにとっての武器だった。それにイスラエ ル兵の圧倒的な暴力に非暴力で抵抗しているパレスチナ人にとっても、カメラで撮った映像が自分たちの身を守ったり、国際世論を動かす武器にもなっている。
今後とも、レオさんの作品と遺志を世にばら撒き続きたいと思う。それから、パレスチナや日本を取り巻く、ウザすぎる隔離壁や金で買える「安心・安全」をブチ壊してやりたい。
▲カメラとカンパを西成から
▲東エルサレムへ
▲ビリン村、バッセムの母ちゃんへ
追伸
「ビリン・闘いの村」を購入してくれた皆さま、本当にありがとうございます!売上で買ったカメラを無事、ISMに渡すことができました!!また、バッセム の母ちゃんにDVD「わららの友へ」の売上、2万5千円をさらにカンパすることができました(これでカンパ総額10万円)!今後は、ビリン村の最新ドキュ メンタリー「車椅子のジョディ」の日本語版制作をしたいと思っております。
それと、相方のノエさんが、ついに臨月になりました。もうじき、赤子が出てまいります!!
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