イレギュラー・リズム・アサイラム
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IRREGULAR RHYTHM ASYLUM
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大阪の志賀ちゃんからです。以下、転載。

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ネパール震災支援チャンドラの会

珍宝+志賀直輝+ハナワマコト

2015年4月25日、ネパールの首都カトマンズから北西80km付近を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生しました。

死者は7,000人を超え、負傷者数は約16,000人。家屋の全壊は約29万5千戸、半壊は約24万8千戸。

今なお、ネパールには、多くの支援が必要とされています。

私たちはかねてから、タイのバンクワン刑務所に服役する邦人に、本や食品、カンパを送る活動をしてきました。タイの刑務所には、冤罪により死刑や終身刑を言い渡された多くの外国人や旅行者が服役しています。タイでは、ドラッグ検挙に対する報奨金制度があり、それが多くの冤罪事件を生む原因となっています。

私たちのネパール人の友人、チャンドラ(Chandra Kumar Rai)もタイで冤罪により、約20年間服役していた一人です。1993年、タイに滞在中の彼は、突然ホテルに乱入してきた警察から銃を突きつけられた上で無理やりドラッグを持たされ、そのまま逮捕されました。彼はドラッグなど見たこともなかったにも関わらず、終身刑を言い渡され刑務所に服役することとなりました。

2012年、国王恩赦により出所し、ネパールへの帰国が叶いました。服役中に熱心なクリスチャンになった彼は帰国後、結婚して子どもを育てながらキリスト教会の牧師になるための活動をしていました。

その矢先、今回の地震が起こりました。現在、ネパールでは物資不足で物価が高騰し、多くの人たちが食べ物を入手できない状況となっています。そこで、私たちは、「ネパール震災支援 チャンドラの会」を立ち上げ、チャンドラやチャンドラの仲間や家族に、震災支援カンパを送金したいと募金を集めることにしました。

集めた募金は全額(振込手数を除いた金額)、チャンドラの口座に送金されます。収支報告やチャンドラの活動は、Facebookで随時報告致します。

●Facebook

https://facebook.com/pages/ネパール震災支援-チャンドラの会/1629009037333522

●振り込み口座

ゆうちょ銀行
02200ー5ー138963
塙 誠(はなわ まこと)

他の銀行から振り込む場合
店名(店番) 二二九(二二キユウ)店 (229)
預金種類 当座
口座番号 0138963

●問合せ
070-5327-7403 ハナワマコト




●チャンドラからの手紙

これは私のタイでの刑務所の物語です。

1993年9月にネパールから韓国に向かう途中タイに立ち寄りました。タイに滞在中、ある朝ホテルにいた時に、タイの警官がひと袋の白い粉を持って部屋に入ってきて、これを私に手に持てと言いました。私がそれを拒んだため警官は私を殴りましたがそれでも拒否したので彼は私の頭に拳銃を突きつけたため、命の危険を感じた私は渋々とそれを手に持ちました。それをその警察官は写真に撮り、その後すぐに麻薬統制委員会に連れて行き、多くのタイのテレビ局とラジオ局が招集され、さらし者にされました。しかしながら誰1人として私に質問をしてくれる人はおらず、私の話を聞いてもらえませんでした。

ニュースでは、私は大きなマフィアグループの一員で、警察が1年半追い続けていたケースであると発表されていました。
しばらくして警察署に連れて行かれ、内容もわからない書類に無理矢理サインさせられた後、裁判所に移送され、そしてボンバ薬物犯収容所に収監されました。入所の際には全裸になるように言われ、四つん這いにさせられてお尻の穴まで何か隠し持っていないかを調べられ、ズボンなども調べるためズタズタに引き裂かれた後、足に鎖をはめられました。そして裸のまま房に放り込まれて、冷たいコンクリートの床で寝ました。食事もそれはそれはひどかった。

裁判所に行く際には、両手、両足に手錠と足の鎖をつけられて、行く度にタイ語で書かれた内容もわからない書類に無理やりサインさせられていました。

3年もこうしたことをが続いた後、私は終身刑を受けました。
刑務所の中では無償の労働をさせられましたが、病気になってもまともな薬はもらえませんでした。
あまりにひどい出来事続きで、これは夢であって欲しいといつも願っていましたが、目を開けるとそれは紛れもない現実として私に迫ってくるのでした。

刑務所では良い人などはごくわずかで、ひどい囚人たちと共に暮らす毎日でした。

服役して11年後に初めて減刑特赦をもらって刑が終身刑から40年に下がり、その後も数年に1度のペースで計6回の減刑特赦をもらい、ほぼ20年の服役を終えて出所しました。
以前は神をも恐れぬタイ人を心の底から憎んでいましたが、ある時から、人生は憎みや恨みを持ったり、後悔をし続けるには短すぎると気づかされました。
本当はこのような思いを述べるべきではありません。なぜなら私はキリストを知ったからです。しかし私だって人間です…。

20年ほどの服役では多くのことを学びました。多くの囚人の助けとなることができたのは私の成長となりました。

ここにいてこのような経験をしたことで、貧しさや絶望とはどういうことか、閉じ込められ、忘れ去られるということがどういうことかということも身をもって知りました。
しかしながら、この流した涙、傷ついた心の経験は無駄にしたくはありません。

むしろこの心の痛みを知ったからこそ、困っている人たちの心を癒し、心の支えになりたいのです。
私は1993年9月に収監され、2012年12月に出所しました。出所後にはネパールの刑務所を訪問したり、神の御使いとして小さな教会の秘書として活動しています。神に出会ったことで20年間もの服役を生きぬくことができました。

私はキリスト教を宗教とは考えておらず、むしろ人の生きる道と思っています。それは自分のみならず他の人のために生きるという生き方です。

まだまだ書きたいことはたくさんありますが、いずれこれらを本にして出版できればと願っています。
刑務所にいた頃には、このようなことになった私は、結婚して家庭が持てるなんて思いもよりませんでした。しかしうれしいことに、出所後しばらくして結婚ができ、今や8ヶ月になる子供もいます。

神に感謝してもしきれない程ですが、現実的な問題は山ほどあり、普通の生活ができるようになるまでにはまだまだ大変です。

今も心を痛めているのは、まだ刑務所の中にいる友達のことで、多くは塀の中で亡くなりました。心からの冥福をお祈りします。

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