メキシコシティーのアナキスト・コレクティブハウスへゆこう!

志賀直輝

わたしは、メヒコシティーにあるアナキストたちのコレクティブハウス「colectivo autonomo magoniata」へいってきた。「colectivo autonomo magoniata」は10年前の1999年からメヒコシティーのアナキストたちによって共同運営されている。彼・女たちはこの場所をつかって映画上映、アナキズム関連図書、作業空間、カフェ、プレゼンテーションなど多目的な活動や遊びをつくりだしている。


▲アナキズム図書や冊子がたくさん

ちなみに彼・女たちが使うmagonistaの由来は、リカルド・フロレス・マゴン(1874−1922)というメキシコのアナキストにある。マゴンは独裁体制のディアス政権に武装闘争を試み、そういった動きがメキシコ革命につながっている。このマゴンの思想は今も生き続けいている。現在でいうならば、チアパスで継続的に自治運動をしているサパティスタの由来である、エミリアーノ・サパタもこのマゴンから影響を受けているといわれる。


▲室内

 現在のメキシコは、地元産業や農業が海外の企業や大型企業に歯が立たないシステムのため各地で貧富の差が開いている。これに対して、チアパスのサパティスタ民族解放軍、オアハカのAPPOなどが、継続的に先住民運動や自治運動、または世界貿易を自由化させることで個人よりも外資企業や大型企業が勝ちやすいシステム=グローバリゼーションに抵抗する運動が続けている。もちろん、ここメヒコシティーでも学生をはじめ、多くの市民、アクティビスト、マルキスト、労働組合、アナキスト、PUNKSたちが草の根で運動をしている。それもそのはずで、ここメヒコシティーには高層ビルや高級住宅街が建ち並ぶ一方、路上生活者や物乞い、路上で働く子どもたちがたくさんいる。


▲外観

わたしは、このコレクティブハウスのアナキストたちといろいろ話をすることができた。まずは、日本の状況を話した。日本の若い世代は、とにかくフリーターが多くて収入が異様に低いこと、路上生活者が鬼のようにいること、だからかアナキストや好き勝手生きてゆく人間も増えていること、またそこに可能性があることなどを話した。これはメヒコシティーも同じような状況だといっていた。


▲ステンシル

 それから「今のメヒコシティーにはどのような立場のアナキストがいるか?」と聞くと、アナルコ・サンディカリスム(労働組合が政治権力を排除し産業管理してゆこうという立場)が特に多く、アナルコ・PUNKS、モゴニスタ、ザパティスタ、それぞれをMIXした立場など様々なアナキストがいると答えてくれた。
 さらに「今、世界中のアナキストは何をしてゆくべきか?」と聞くと、かなりスペイン語が難しすぎて、少ししか理解できなかったのだが、「AUTONOMIA=自分たちのことは自分たちでやる」ことが大事だと言っていた気がする。これは、どこの国のアナキストたちやアクティビスト、自由に生きようとする人間たちが共通して言っていることだ。誰か代表者やリーダーに任せるのではなく、自分たちでやる。だれかのスタイルやこうしなきゃいけないとかいうルールじゃなくてなく、とりあえず自分なりにやる。
 この辺のニュアンスはかなり曖昧だけど、自分次第でどうにでもなるというところが重要だし、魅力的だと思う。これだからこそアナキズムやアウトノミアは、世界中の生に燃える熱きパッショニスタ(情熱する人)たちを惹きつけてるのかもしれない。
 ここ、メヒコでもここ10年から6年の間でアナキストが増えているという話だった。これは世界中を見ても同様に思う。どの時代や場所でも、生へのパッションがある限り、いつでも現れる自然なスタイルなんだと思う。

 彼らは言う。「今、メヒコはおもしろくなっている」。私は、こういうセリフが一番好きだ。わたしたちは、熱い握手をして別れた。


▲黒い同志たち


▼最終回
 この文章が私の今回の旅の最終回となります。いつも同じようなことしか書けなくて、ほんと申し訳ないのですが、いろいろな土地の人と話してきて思うことがあります。
 
 それは、「誰か」に「何か」をずっと任せ続けていると、終いには「自分たちの場所」も「自分たちがつくる楽しいこと」も、すべてその「誰か」にコントロールされたり、奪われるんじゃないかと思います。金を出したり、人に任せていれば、楽で簡単に「誰かがつくった場所や楽しいこと」が与えられるかもしれない。けど、それは同時に「誰か」がつくった約束ごとを必ず守らなくてはいけない。その約束ごとが例え、ものすごく理不尽で耐えがたいほど無茶苦茶でも守らなくてはいけない。守らなければ、牢屋にいれられる。

 私は「誰か」になんでもかんでも任せるのは嫌だ。自分たちの場所や楽しいことを、法律で規制されたり、金を出さなきゃ楽しめないシステムなんてのも、もうたくさんだ。

 家庭も学校も職場も投票箱も自分の頭も一度、すべて燃やすべきだと思う。この「誰か」から奪われた自分の魂を取り戻した方がいいと思う。
 死んだら灰になる人生のために。いや、死ぬ前にハイになるために。

 長いこと、私の駄文を読み続けてくれた友だちやまだ見ぬ友だち。本当にありがとうございました。また、そのうち、おもしろいことがあったら、書きたいと思います!
 それから、IRAのメディアには本当に感謝しています。この小さなメディア(IRAのブログ)を通して、大手メディアが私に連絡をとってきたり、いろいろな人たちと出会えました。これになんとも無限な可能性を感じます。


 縁が円で宴となる これエントランスフリーにして 誰でもエントランスなり


▼告知
 今月の7月4(土),5日(日)に東京外国語大学でやる「カルチュラル・タイフーン」いうイベントでIRAの横で物販させてもらいます。サパティスタ連帯Tシャツ&グッツ、BANKSY・Tシャツ、メキシコ・アナキストTシャツ売ります。ぜひ、買ってください!!それから、RLLのラジオ番組に4日11時半から参加します。

志賀 直輝(aka KITOU SEISI) インタビュー
─世界一蹴トリップからの帰還

出演
志賀 直輝
ペペ長谷川

司会
ハーポ部長

カルチュラル・タイフーン
http://www.cultural-typhoon.org/2009/jp/

▼写真「サパティスタ自治区・オベンティック」 
 ここには自治政府や子どもたちの学校・宿舎または病院から救急車があった。









 nosotros vivimos la lucha sigue!

 われわれは生きているのだ!
 闘争は続くのだ!

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「TOKYOなんとか」7月号が完成! ムシムシジメジメ鬱陶しいので、スカッと爽やかな表紙になっています。
連載「T.A.Z. 東京自律空間」では落合の「SOUP」をレポート。7月もいろいろな催しが盛りだくさん。

http://a.sanpal.co.jp/irregular/tokyonantoka/200907_01.pdf
http://a.sanpal.co.jp/irregular/tokyonantoka/200907_02.pdf
http://a.sanpal.co.jp/irregular/tokyonantoka/200907_03.pdf
http://a.sanpal.co.jp/irregular/tokyonantoka/200907_04.pdf

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7月4日と5日は、「Cultural Typhoon 2009」で物販ブースを出すので、IRAはお休みします。もし会場に持って来てほしい商品のリクエストがありましたら、メールでお知らせください。

IRA will be closed on 4th and 5th of July because of participating in the Cultural Typhoon 2009 to have a booth there.

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非正規教員による
非正規労働者のための
非正規大学

─────地下大学[6月]
http://www.chikadaigaku.net/

【谷川雁と竹中労】
  ───〈うた〉は殲滅されたのか?
  「日本の歌」から「日本禁歌集」へ
   神谷一義(off noteレーベル主宰)+平井玄+本山謙二

 ・6月29日 19~21時
 ・素人の乱12号店・高円寺北中ホール
 ・資料代500円+投げ銭(自由意思)

「動乱の詩人」谷川雁が、筑豊の坑底に逆巻く粉塵のように甦ろうとしている。
『谷川雁セレクション』(日本経済評論社)が刊行され、道の手帖『谷川雁』(河出書房新社)が刊行された。
そして歌に執心したもう一人の動乱思想家、竹中労による1969年の録音記録集「日本禁歌集」全5巻(off note)も復刻されている。
  
「ある時ある場所で、私たちの皮膚を全開放する肉声」(雁)は、一体、いつどのようにして殲滅されたのか?
私たちは今こそ「動乱の歌」を必要としている。

『日本禁歌集ブックレット』の刊行を機に、鎮圧され埋葬された歌声を聴きながら、1960年の谷川雁による「日本の歌」論から、70年代の竹中労による禁歌から琉歌への運動まで、off noteレーベルを主宰する神谷一義とともに語り合いたい。

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あるきたび

POSTED IN | 6/27/2009


http://arukitabi.blogspot.com/

北海道から沖縄まで歩いて旅してる、NU☆MANのニット名人やまぐちさんが、一緒に歩いている人たちと始めたブログ。いまちょうど中間地点の長野あたり。これから後半、9月には沖縄だそうです。
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勝手に耕せ! そうだキューバへゆこう
志賀直輝

4月28日から一ヶ月半、相方のノエちゃんとキューバへいってきた。メキシコからソ連製らしきオンボロの飛行機でキューバへ飛んだ。飛行中、機内にドライアイスのような煙が大量発生していた。1時間ぐらいでキューバに着いた。空港の外へ出ると、でかい看板にブッシュの顔写真と「ブッシュはテロリストだ!」みたいなでかい看板があった。そこへ通りすがりのかわいい女子中学生たちが、持っていた縄跳びでブッシュの顔を殴りつけていた。おおおおおおっと思わず勃起した。



 キューバ政府は、ヒッチハイクを推奨しているらしいので、路上に立ってヒッチハイクをしてみた。が、まったく停まってくれなかった。だからバスに乗った。バスはかなり安かった。バスからキューバの街並みを眺めていると、多国籍企業の広告がひとつもなかった。あるのは政治的スローガンやゲバラの肖像ばかりだった。

 私はほとんどキューバに関心がなかったので、少しだけ歴史を調べてたり、キューバの友人に話を聞いてみた。

 元々、キューバには先住民族たちが平穏に暮らしていた。そこへ、スペイン人である白人が1492年に侵略。以降、先住民たちはスペイン人による奴隷労働、虐待、虐殺、白人が持ち込んだ疫病によってほとんどが絶滅。後に、白人たちは先住民の労働力の代わりにアフリカから黒人たちを強制的に連れてくる。「1763年から1787年の間だけでも、30875人の黒人が「奴隷輸入」されている。」(コロンブスからカストロまで1参照)
 1902年5 月20日にキューバはスペインから「独立」を果たすが、変わりにアメリカ合衆国による介入が始まる。キューバの多くの資源産業がアメリカ企業に支配される。1952年に親米のバティスタ軍曹がクーデターを起こし、キューバ政権を奪取、憲法を停止して独裁政治を開始。バティスタ政権下では政治腐敗、弾圧、独裁が続いた。その結果、以前に増してキューバの富はバティスタ政権、アメリカ政府・企業・マフィアに独占された。

 1953年7月26 日、アメリカ合衆国による植民地状態から脱却するために、フィデル・カストロ率いる青年たちが武装蜂起した。が、失敗。多くの同志が政府軍に殺され、カストロは投獄された。出獄後、カストロたちは同志とともにメキシコへ亡命。そこで、アルゼンチン人のチェ・ゲバラと出会う。共に、ゲリラ戦訓練を受けた後、キューバに上陸。カストロ率いるゲリラたちは2年余りの政府軍とのゲリラ戦の末、1959年1月1日にバティスタを国外逃亡に追い込む。この時のゲリラの原動力は、金持ちやアメリカ政府の無茶苦茶なピンハネから脱しようとする農民たちにあった。

 革命後は、すぐに大規模な農地改革が行われた。アメリカ資本に握られていた土地と産業が国有化。農業では集団化が推進された。バティスタ政権を失ったアメリカは、59年5月から革命政権を敵視しはじめる。61年、アメリカ政府はキューバとの外交関係を断絶、キューバ産砂糖の輸入も全面禁止した。そして、キューバは社会主義宣言を行い、ソビエト連邦との結びつきを強める。1962年2月3日にアメリカのケネディ大統領はキューバとの輸出入を全面禁止し経済封鎖を開始。同年、キューバにおけるソ連のミサイル基地の建設とミサイルの搬入が明らかとなり、核戦争の危機となったが米ソの妥協で危機を回避する(キューバ危機)。以降、アメリカとキューバの関係は一気に悪化。

 1991年、ソ連崩壊。ソ連からの莫大な支援や石油・化学肥料が輸入できなくなったキューバ政府は窮地に立つ。そのため、石油や化学肥料が必要となる機械化・大規模農業から小規模な有機農業に方向転換。また国有農地を農民グループに半永久的に貸与して食糧自給率を上げる試みを始めた。
 また、政府は輸入穀物を大量に必要とする食用牛を廃止した。その牛たちは農耕のトラクターに回された。食用牛の廃止は、牛の屠殺禁止となる(カストロ自身、ベジタリアンになり、自転車通勤するようになったらしい)。牛は全て国有財産となり、牛乳は子供と年寄りに優先的に配給されるようになった。

 4月29日、キューバの都市ハバナに着いた私たちは、メキシコや世界各地で流行しているインフルエンザの影響ですぐ様病院へ行くことが義務付けられた。もしも病院へ行かないと、500cucの罰金(=US500ドル、キューバ人の平均的給料がUS15ドル)または刑務所行きだ。さらに、インフルエンザがキューバ内に入らないようにメキシコとキューバ間の飛行機も完全運休となった。キューバ政府の行動は本当に迅速で徹底していると思った。そのせいか、キューバ内でインフルエンザに感染したキューバ人はまったくいないと聞いている。
 病院へいってみると、建物は雑居ビルのようだが、各地区ごとに病院があるためそれほど待たないですぐに診察してもらえた(なんと驚くことに、数日間は毎日、看護師が家まで往診にきてくれた)。
また病院は、キューバ国民全員が手術から入院まですべてが無料で受けられる。薬も格安の値段で買える。ちなみにコンドーム100個、50円ぐらいで買える。

  5月1日、国際的労働者の祭りメーデーに参加した。デモ隊は赤黒旗、キューバ国旗を掲げ、「社会主義万歳!」「祖国か死か」とか、今やすっかり日本では耳にしないフレーズのプレートを持ってデモしていた。私たちが参加したデモ隊はあんまり盛り上がっていない感じだった。だから、正直つまらなかった。デモは祭りと同じで、爆発的なエネルギーがないとつまらない。やっぱり爆音が鳴るサウンドデモとかRTS(非合法路上パーティ)とか銀行やマクドナルド、兵隊や警察に投石するデモの方が断然楽しいと思った。でも、太鼓を反復リズムで叩き乱舞している黒人たちのデモ隊に勃起した。



 5月2日から数日間、ハバナの屋上や空き地を利用した都市農業を探しにいった。だけど、都市の中心部ではあまり都市農業が見れなかった。それでも、すこし離れた郊外では、畑がけっこう耕されていた。
キューバでは食糧危機や食糧自給率を上げるため、だれでも空き地を勝手に畑として耕すことができる。さらに、そこで作った野菜を売って収益も得ることもできる。キューバは以前、自由に物を売ることができなかったし、どれだけ働いても、全員同じ給料だった。だから、働かない人間や不正が多かった。生産率も下がった。
 そこで、ある程度の経済を循環させるために、働いた人は働いた分だけの報酬が得られ、国民全員が最低ライン生活できる給料と食糧配給が得られるようになった。
 
 都市部の農業が見つからなかったので、ハバナのマーケットにへ行ってみた。でも、野菜の数が少ないし、値段も高かった。とにかく品数が少なかった。地元の人の話では、野菜が少ない原因として、国民の農業離れが多いとのことだった。そのため、政府は国民の農業離れを減らすために、農業や漁業などに他業種より 2倍近く良い給料を払い、特別配給も行っている(ちなみに農家や漁業の給料は、農林大臣や医者の給料より2倍近く良い)。
 また、キューバ政府は、国内生産を守るために正当な賃金で農家や漁師から食物を買い取っている。例え、国外の作物が安くても必要以上に国外輸入には頼らない政策をとっている。
 しかし、それでも、人々は都市部へ流れ、農業離れが進んでいるという。

 それから、ハバナの街を歩いていて興味深かったのが、都市の中心部にある歴史的建築物らしき建物が、学校などに使われていた。日本だとしたら、永田町あたりにある政府関係の建物が子どもたちの授業に使われ、休み時間になると子どもたちが官庁の廊下を跳ねまわってる感じだった。これには腹を抱えて笑った。
 
 都市部では、まったくホームレスを見なかった。なぜホームレスがいないのかと地元の人に聞くと、空き家という空き家が政府に管理され、空いた家がると家のない人々に格安で分配されているからだという。しかし、キューバ全体が資材不足や住宅不足のため、一軒に数家族で住んでいるケースも多い。そのため、都市部以外では、やむにやまれて空き地に非合法で家を建てて住みつく人々たちもいる。政府側は、事情を把握しているだけに罰金だけ取って、強制立ち退きはしていない。私の知り合いが非合法で家を建てていたので私は数日間、手伝いにいった。彼は家作りDIYパンフレットを読みながら家を作っていた。これにも驚いて思わず勃起した。空き地に、自分で自分の家を勝手に作る!なんて、素晴らしいんだ!

 5月4日〜6月7日まで、青年島の友人の家に居候させてもらった。島へは、船でいった。旅行者の船代は約5000円した。キューバ人の船代は200円だった。キューバでは観光客や金持ちが金を多く払うシステムになっている。例えば、キャッシュカードやクレジットカードを使用する人は、毎回10パーセントの手数料が取られる。1万円下ろすと1千円が手数料としてキューバ政府に渡る。こういった金が医療費や教育費にまわってると考えれば、手数料も惜しくなかった。ちなみに、キューバでは教育費、大学の費用から寮費や寮食にいたるまですべて無料。医療は、手術費から入院費まですべて無料。老人ホームも無料。驚くことに、この老人ホームの門は開きっぱなしで、じいさん、ばあさんたちは自由に外を徘徊ができる。
 一度、老人ホームにいる103歳の日本人移民のじいさんを訪ねたが、施設内はだれが職員でだれが利用者なのかさっぱりよくわからなかった。とにかく、みんなでわいわいやっていた。

 私たちの居候させてもらった友人の家は日系3世だった。約100年前からキューバにはたくさんの日本人が移り住んでいる。今では、日系5世を持つ家族もいる。
 また、第二次世界大戦中はキューバにいた日系人、成人男性353人が親米政府によって刑務所に最大4年間収容されていた。今でも、その刑務所は、カストロが投獄された牢獄とともに博物館として残っている。

 この友人の家族は有機野菜、豚、鶏を育てていた。友人の旦那は、漁師をしていた。だから私たちは毎日、蚊が大量にいるジャングルの中を歩き、沼や海に網を仕掛けたり、釣り具でナマズやテラピアを獲った。時には、ワニが網に引っ掛かっていた。大雨が降った後、朝方だけ巨大ナマズが水たまりの上を徘徊していた。そこを鉄パイプで殴って獲る。これはモグラ叩きみたいで楽しかった。
 ちなみに漁師の給料は、基本給+生産高という仕組みになっている。働いたら働いた分だけ給料が得られる。彼の給料は月給US50ドルと特別に食糧配給が安く手に入る。


▲網漁

▲網に引っ掛かったワニ

 私たちは、毎日、朝から夜八時ぐらいまで働いた。自給自足の生活は本当に忙しかった。朝から夕方まで漁。帰って来てからは、掃除、片付け、豚の餌採り、豚小屋の掃除、薪拾い、鍋に火つけ、豚の餌作り、魚の内臓獲り、鶏をさばいたり、野菜を畑から採って飯づくり、、、、と毎日、すごく疲れた。でも、ホント気持ちがよかった。
家での食事は、畑で採れた野菜が少々。主には、配給の米と漁で獲ってきた魚(ほぼ毎日、刺身か魚のフライ)。たまに豆や庭で飼っている鶏。基本は、自分の手で育てたり、獲ってきたものを毎日、食べるという感じだった。ここの生活でベジタリアンになることは、かなり厳しかった。
 ちなみに、一ヶ月に一回、政府から各家庭に食料品、生活用品の配給がある。米、豆、砂糖、塩、パスタ、たばこ(年寄りのみ)、ジュース(子供のみ)、牛乳 (年寄りと子供のみ)、石鹸、歯みがきなど。もちろん配給だけでは暮らしてはいけない。例えば、たまに油の配給はあるが、非常に量が少ない。キューバ人の最低賃金は平均1500円から2000円に対して、油を店で一本買うと200円もする。だから、大半の家庭は仕事以外に、自分で野菜や家畜を育てたり、魚釣りへいったり、なにか内職をして副収入を獲ている。

 6月1日、食糧が少なくなったので、us16ドルで買ってきた羊を殺して食べることになった。さらに私がこの羊を絞めることになった。私は、いつも人が殺した肉や、すでに調理された肉を口にしている。一度だって、自分の手で動物を殺して食ったことなんかない。
 私は、羊を殺す数日間、毎日羊の顔を見ていた。羊の顔はすごくかわいくて、殺すのが可哀そうになった。ビーガン(完全菜食)になった方がいいなんてたまに思うが、実際、食い物がないと腹も減って、肉でもなんでも食わずにはいられない。


▲買ってきた羊

▲羊を殺す

▲羊料理
 
 羊を絞めるとき、近所のおっさんが手伝いにきた。おっさんと一緒に、メェーメェー叫び暴れる羊の手足や腹を無理やり足で押さえつけた。そして羊の足に縄を縛り、逆さにして天井から吊るした。羊はもっと叫けんでいた。包丁を研ぐおっさん。そして、おっさんは、私に吊るされた羊の喉仏を斬れとアドバイスをする。私は、おっさんから包丁をもらおうと待っていた。しかし、なぜかおっさんは、そのまま一気に羊の首を切った。そして、一気に真っ赤な血が噴き出した。首が完全に切れてるのに、身体はぴくぴくもがいていた。それからおっさんは私に包丁を渡し「よし、今だ、シャッターチャンスだ!」といってきた。意味がわからなく放心してる私から、おっさんは再び包丁を取りあげ、ぴくぴく動いてる羊の肉を手際よく、さばいていった。

 結局、私は羊を絞めれらなかった。しかし、かわいい顔した羊を無理やり押さえつけ、首を切り、皮膚を裂き、内臓を取り出し、肉を切り取られていく工程を見ていて、胸糞が悪かった。羊のメェメェーいう叫び声が耳から離れなかった。それから、肉を細かく解体し、窯に火をつけ、調理した。そして、みんなで食べた。めちゃくちゃうまかった。

 6月4日、わたしたちの労働へのお礼として、ここの家で飼っている豚をさばいて食べることになった。豚は、キューバの家庭では財産として大切に飼われている。
 友人は私に「今度こそあなたが豚を絞めなさい」と言ってきた。豚を絞める日、豚は自分が殺されるのがわかっているのかギィーギィー叫び暴れていた。嫌がる豚を無理やり引きずり出し、みんなで手足を押さえ、顔面を膝で押さえた。普段、豚を育てている友人はさびしそうな顔でじっと見つめていた。私に包丁が渡された。喉あたりから心臓を刺せと言われた。豚の喉を包丁で刺した。柔らかくて、簡単だった。しかし、私の刺した包丁は豚の心臓を刺すことができず、豚は長いことギィーギィーいいながら苦しそうに叫んでいた。ちょっとずつ、豚の体が冷たくなってきた。そして、目が白く濁ってきた。ついには動かなくなった。豚にお湯をかけて、全身の毛をむしった。そして、内臓を取り出した。一晩、トマトピューレとにんにくを合わせたソースをかけて寝かせた。私はなんだか、身体の力が抜けた。あんなに泣いていた豚が、今では、肉の塊になっている。豚を刺した時の柔らかい感覚が手に残っていた。
 翌日は、朝から豚の丸焼をした。4時間以上、炭火でゆっくりと焼いた。そして、みんなで食べた。口内オーガズムを何べんも繰り返すほどうまかった。骨を使って、とんこつラーメンも作った。肉をしゃぶりついてるとき、豚を刺したときの感覚や豚の叫び声は忘れていた。
豚の世話を毎日していて、豚はおっさんみたいでかわいかった。朝や夕方になると、ブヒブヒいってやかましく飯の催促をする。暑い時間帯に水をかけると、豚はうれしそうにもっとかけろとよってくる。マッサージをすると気持ちよさそうな顔で、もっとやれといってくる。動物と一緒に暮らし、自分で殺して食べる。今までスーパーに陳列された原型のなくなった動物の肉の塊や、丼の上の肉の細切れしか食っていなかった。でも、その動物の肉は誰かの手で育てられ、殺されている。友人はそれを教えてくれたかったのかもしれない。


▲みんなで豚を押さえる

▲豚の丸焼き

▲心臓

6月10日。私たちは、キューバを後にした。

▼感想
 キューバは、みんな貧乏だった。とにかく現金や物がなかった。だから多くの島の人は生活のために手に入らない物を横流しや闇ルートで手にいれていた。キューバは、多くの国が問題を抱えているように、たくさんの問題を抱えていた。何度となく、政策を失敗して、また新たな政策を打ち出している。
 それでも、キューバ政府が他の政府より、マシに思えるのは、数々の政策の失敗を正直に認めていること。国民に包み隠さず危機的な情勢を打ち明けていること。政府やお役人から社会を変えてゆくのではなく、地域住民が参加してゆくことで地域社会、社会全体を変えてゆくシステムに切り替えようとしていること。学校にみんな無料で行けること。給料は無茶苦茶少ないが、職探しに苦労しないこと。老後の不安も少ないこと。黒人への個人的な差別があったとしても職業差別など社会的差別がないこと。女性が男性と同じように働けること。年金も最低限出ること。家は政府から格安でもらえること。畑は自分で勝手に耕せること。自由に好きなものは買えないが、餓死はしないこと。ホームレスがほとんどいないこと。物乞いの子どもやストリートチルドレンが全くいないこと。
 友人の家に、毎日のように近所の人が、「○○貸してくれー」「○○くれー」とやってくる。友人はこれが、たまにうっとうしいらしい。それでも、自分が困ったときは、誰かが必ず助けに来てくれるという。友人は言う、「うっとうしさと共にある助け合いがキューバなんだよ」と。さらに友人の旦那が言う、「社会主義=socialismってのは、社交なんだ、人が集まってつきあうことなんだよ」。
 
 そりゃあ、人と人とのつき合いには、うっとうしいことも多い。それでも人は他者なしでは生きられないし、人の助けが必要だ。
私は、キューバに住んでないから、キューバ社会を手放しでいいとは言い切れない。けど、試行錯誤を繰り返しながら、貧乏人と金持ちの格差のない社会、あらゆる人に教育と医療、衣食住、生きる尊厳が持ちやすい社会をつくろうとしている姿勢は学ぶことが多いと思った。



▼最後に 
 私は、いまの世の中、こりゃあ、もう一揆か革命しかないとフツウに思う。どこの国へいっても、超金持ちがいて、超貧乏人がいる。金持ちは貧乏人からあらゆる権利を「合法的」に奪って豪邸に暮らしている。貧乏人は100円以下の金でギリギリ以下で暮らしている。「先進国」の貧乏人たちも長時間労働な上、安月給で豚小屋みたいな部屋の中で暮らしている。もう、これ以上、貧乏人は我慢する必要はないと思う。貧乏人たちは、金持ちから奪われたモノをすべて取り返すしかないと思う。これは、米国や大国の企業に土地を盗られて貧困から抜け出せないグアテマラの先住民や農民たち(革命前)、先住民の尊厳や自分たちの土地を取り返すために武器をとって自治区をつくっているサパティスタ民族解放軍(革命中)、みんな貧乏だけど最低限の衣食住を守り、とことん分け合うシステムを作ろうとするキューバ(革命後)を見てきて、そう感じる。

もう、政府とか大企業とか選挙とか、誰かの手にすべて任すのはやめて、自分たちのことは自分たちでやってくしかないと思う。やり方は無数にあるわけだし、これは、もう勝手に耕すしかない!文字通り、DO IT YOURSELF、手前でやれ!


▲100円ライター修理屋さん

▼PS
私、金が完全に底をつきましたので、もうじき日本へ帰ります。3年以上、毎日、酔っ払ってるような生活をしてまいりました。帰ったら、長い二日酔いが待っているんだろうと思っています。それでも、友よ、もうたくさんだ!YA BASTA!帰ったら、一緒に楽しい暴動をしましょう!
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PINCH!夏のスペシャルイベント
江戸アナーキズム
&町人文化フィールドワーク@千住
「格差社会と安藤昌益」


6月27日(土)  第一部:午後一時北千住~下町フィールドワーク
        集合場所/JR北千住駅駅ビル3階北改札口

        第二部:午後三時~講演「格差社会と安藤昌益」
        会場/東京芸術センター9階第2会議室
        (足立区千住1-4 電話03-5354-4388)
        石渡博明さん(安藤昌益の会事務局長)

        参加費/800円 (昌益文庫一冊付き)

※二次会/講演終了後、「のんべえ横丁」界隈で交流会を予定しています。


江戸時代後期、封建社会の厳しい身分制度の世にあって、アナーキズムとも呼びうる思想を独自に生み出した稀代の思想家が存在した。安藤昌益…彼は、現在の青森県八戸市で町医者として活躍していたが、その主著である「自然真営道」において、全ての身分、階級制度を否定し、儒教や仏教をも徹底的に批判。地上の全ての存在が有機的に絡み合い一大生命体の中で農に精を出し、自然に生きる事こそが人間の本来の姿である、と説き、非暴力の徹底した平和主義を主張したのである。

そして、長い年月、歴史の中に眠っていた昌益が再評価されるきっかけとなった場所が、「自然真営道」が発見された千住の町なのだ。

一部では、かつて「酒合戦」などが行われ、宿場町として栄えた下町情緒の残る千住の町をフィールドワークして、江戸町人文化を堪能すると共に、二部のシンポジュウムでは、無秩序の競争原理に飲み込まれ、格差と貧困にあえぐ現代社会…二世紀半も昔に存在した昌益の「とんでもない」思想に触れることで、現在を照射してみたい。


問い合わせ連絡先:ぺぺ長谷川(携帯)070-6671-4437/太田ノブ(携帯)090-3902-2108/E-mail:silentriver(at)wm.pdx.ne.jp

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「第5回・日本ロックフェスティバル」


会期:2009年 6月28日(日)~7月5日(日)の8日間
会場:高円寺 無力無善寺(03-3337-7735)

OPEN&START 土日:14:30 平日:18:00 (予定)
CLOSE 23:00

CHARGE:1000円+1ドリンクオーダー(500円)

☆全日観られる通し券を3000円で販売します。(限定20枚。kariukenji@gmail.comで予約受付中。)


■6/28(日)14:30~

あの頃のバイナリキッド(ヒロポ+ミシガン)
あみのめ
ビル(いぬん堂)
とうめいロボとおしいれのともだち
狂うクルー
イツロウBAND
でぶコーネリアス
昆虫キッズ
まむし

opening act:翌日
転換:DJ Re:Thug (MC STREET CULTURE A.K.A. スパルタカスおさむ / Earth Diver TAXIM / Mille Plateux TAKAOKA)


■6/29(月)18:00~

バンド大悲
いなかやろう
ファンタスタス
エーツー
真美鳥
ミッシング箱庭

opening act:Y子
転換:DJ Tomad (Maltine Records/DropboxNetwork)


■6/30(火)18:00~

灰緑
かもめのジョナサン
キノシタノカエる
悲鳴
チムニィ
井上泰信
東京マリー

転換:WILD PARTY(赤線企画)


■7/1(水)18:00~

shibata emico
クロード ナシメントス
MUDDY WORLD
GAY DIVISION(メンピス+ツポールヌ)
カナリア
俺はこんなもんじゃない
はかまだ卓(fromサード・クラス)

転換:日本刀(HARLEY&QUIN)


■7/2(木)18:00~

ゆうひさん
大谷能生MJQT
sajjanu
三輪二郎
Limited Express(has gone?)
スッパバンド
門脇英之

転換:suzuki(チミドロ)


■7/3(金)18:00~

アナマルマーケット
チームパニック
壊れかけのテープレコーダーズ
アンダースローバレリーナ
バロムワン
元気いいぞう
worst taste

転換:junkMA


■7/4(土)14:30~

三上寛
川染喜弘
前野健太とDAVID BOWIEたち
山下陽光(トリオフォー、素人の乱)
ドウオカタケシとすがわらゆき
我々
ミラーボールズ(名古屋)
STEINER
ハズレッシヴ

opening act:ボーボー峠の三悪人、カミィショータ
転換:desima(desima.org

■7/5(日)14:30~

踊り子
Cojo
ガガキライズ
Waikiki Champions
DJじゃみへんさん
JAHILLYAH
一人下僕(群馬)
見汐麻衣
VERNOVA JAMS
怪玉ハメルン
ピンクグループ

転換:HTC*


☆主催:狩生健志、コマツマコト、内田るん、無力無善寺。
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先週のNU☆MANです。↑それぞれチクチクやってる図。


北海道から沖縄まで歩いているやまぐちさんからNU☆MANに手紙。長野からそろそろ岐阜のほうに行くようです。


うまいごはん。


モンゴルで遊牧民にもらったという奇麗な布。カーテンにするということでハトメ打ってます。


ブランド・タグを引きちぎったら本体に穴が空いてしまったようです。


サークルAの刺繍。


「ネオリベラリズムを過去のものに」腕章。


ネオ・ダダッコ。


近々開催の「オルタナ美術 ショーケース展」の出品作を作っているところらしい。


端切れを組み合わせた巻スカート。


「ECO」と「SHOPPING」はあまり一緒にしないほうが良い。正直に「EGO SHOPPING」と言うほうがクール。


不要になったトラックの幌から何か出来ないかねー、と悩んでた人がとりあえずバッグを試作。「TOKYOなんとか」が50冊くらい入るサイズらしい。なんとかバッグ!

今週木曜のNU☆MANは、19時〜21時まで「オルタナ美術 ショーケース展」のオープニング・パーティーに行きたいと思います。幾人かのNU☆MANフレンズが参加してるので見学です。パーティー後にまたNUったりKUったりします。
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第3回キネマ・シェアリング
『憎しみ La HAINE』
+トーク:稲葉奈々子さん

日時:6月27日(土) PM:7:00~
場所:三月工房 + IRA
無料 (1ドリンク注文うれしい)

<けだるい24時間と存在の無意味感>
 映画は、冒頭でボブ・マーレーのBurning and Lootingのけだるいリズムを背景にデモとそれを規制する機動隊を交互に映しだす。やがてデモ隊に発砲する警察、それに応酬するデモ参加者、警察署やバスへの放火。
 映画は、けだるいまま90年代フランス都市郊外の若者の一日を映し出していく。意味のない小話を語りながら時間を潰し、パリに繰り出していく。どうしよ うもなくけだるいまま映画は進行し、こともあろうに彼らは郊外に帰る最終電車を逃してしまう。映画を観る私たちは始発電車まで時間を潰すかったるい時間に付き合わされる。かったるいことこのうえない。かったるさのなかで映画が終わったとき、そこで経過した時間は暴動の翌朝の10:38から、翌日の朝 6:01までのたった一日の出来事であることを知る。
 郊外の移民出身の若者が置かれた状態が「ガレール(ガレー船を漕ぐような苦境)」と呼ばれるようになってから20年が経過するが、この間「ガレール」の 苦しみの根源とは、失業でもない、金がないことでもない、学業に挫折したことでもない、とにかく当事者にも表現のしようのない状況にある。生きていること のけだるさ。生きているということは、だいたいの人にとっては、大義名分などないのだろうけれど、私たちは忙しい時間のなかでそれを感じさせられないぐら い鈍感になっていたり、自分なりに「生きがい」をみつけたりしてやり過ごしている。
 この映画に登場する若者たちの自己認識はわからない。しかし彼らをとりまくまなざしは、自己の存在の無意味感をかったるい時間のなかで彼らに反芻させているようにみえる。
(稲葉奈々子)
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